果て無き祈りの祝福
 
 
 
 戦はあっけないものだった。
 逆鱗の力を、敵を殲滅することに用いた望美。
 それを最も効率よく使う頭脳を持つ泰衡。
 この二人が同じ目的を持ったとき、果せない目的などなかった。
 最大の障害になったであろう荼吉尼天は、既にいなかったのだから。
 戦は終わった。
 平泉の勝利で。
 望美の守りたかった人々、泰衡の守りたかった地を守って。

 それは結局、望みのすべてではなかったけれど。

 * * *

 どこまでも高い大社の上から、望美は地上を見下ろしていた。
(…緑の平泉って、初めてかも)
 既に夏にさしかかったその景色は、見慣れた純白の影を潜めてすっかり瑞々しい緑に包まれていた。
 この地を守りたかった泰衡の気持ちが、少し分かる気がした。
(…ごめんとか言ったら、怒るかな)
 そんなことを思いながら、望美は手すりにかけた手に力を込める。
 簡単に乗り越えられそうだった。
 けれど目の前に集中していたせいかある意味何も考えていなかったせいか、予想外の声に阻まれた。
「後悔しているのか?」
 いつかと同じ台詞をかけられて、望美の体が強張る。
 どうしたものか迷って、振り向かないままで答えた。
「…よく、分からない」
 一番守りたかった人はもう居ない。
 それでもまだ、守りたい人が残っていて、だからもう躊躇わないと決めた。
 どれだけの人を犠牲にするのか、分かっていて。
「…多分、後悔じゃないよ。…ただもう、何も残ってないだけ」
「奇遇だな。俺も後悔はしていない。…できるはずもない」
 泰衡はずっと、自分のしていることの罪を、重大さを知っていた。
 それでも迷わなかったのは、それが自分がとれる最上の道だったからだ。
 だから今も、これが最上だと信じている。
「どうせ死ぬなら、絶望しきってからにすることだな」
「どういう意味―…っ」
 振り向いた視界に、二人の青年が居た。
 漆黒に身を包んだ固い表情の青年と、対照的な白銀に印象づけられる柔和な微笑みの青年。
 息が止まるほど、という表現の妥当さを、初めて知った気がした。
「見つけたのは、神子殿が鎌倉の軍勢を焼き払ったあとだ。しぶといことに生きていたらしいが…そのときにはもう、これは再び心と感情を閉ざして―いや、殺していた。俺が初めて拾ったとき以上に、完璧に」
 銀髪の青年の瞳には、わずかの揺らぎもない。
 いつか見た意志の光は、完全に消えうせていた。
 初めてこの平泉で見た戦の終わりと、同じように。
「…あなたを守ろうとしたのだろう」
 それは泰衡らしくない台詞のような気がした。
 どうしてそんな台詞を言うのかと考えて―ふと、自分が今、そう口にできないからだと、何故かそう思った。
「…もう一度聞く。後悔しているのか?」
 さっきは後悔など無かった。
 けれど―
「…っ、して…る…っ」
 銀を失ったと思ったとき。
 そのとき以来流れなかった涙が、あふれていた。
 あのとき諦めなかったら。
 あのとき、この方法を取らなかったら。
 銀は、再び心を殺す必要など、なかったかもしれないのに。
 泣きじゃくる望美を見つめながら、泰衡は眉一つ動かさずにこう言った。
「ならば、神子殿にはまだ道があるということだな」
 泰衡の真意が測りきれずに、望美はしゃくりあげそうになりながら言葉を返す。
「どんな道があるって言うの…っ」
「その逆鱗は飾りではないだろう。本来は、人を焼き払うためにあるわけではあるまい?」
「っ…」
 図星だった。 
 けれど、最初から人を焼き払うために用いた泰衡の台詞とは思えなかった。
「…どうして、泰衡さんがそんなこと知ってるの?」
「言っただろう、神の加護がなければ、奪うしかないと。奪うということは正統の持ち主ではないということだ、正統な使い方ができるはずもない。たとえ知っていてもな」
 荼吉尼天の存在を、文献や事件から事前に予測―ほとんど予言した泰衡だ。白龍についての知識を持っていても、確かに不思議は無かった。
「龍神は時空に干渉できる。あなたはもうずっと、その力を使っていたのではないのか?」
「…そう、だよ」
 そう、だからこそ知っていた。
 銀が銀になる前の名前。
 平泉に迫る危機。
 そして―誰かを守る力を、手に入れたはずだった。
「…だけどもう、私は、傷つけたんだよ。私や私の大切な人に危害を加えたわけでもない人を…傷つかなくても良かった人を!」
 繰り返す時空で、確かに望美は生身のまま生身の人間とも戦ってきた。
 傷つけた―殺したことだって、ある。
 それでも、詭弁だと言われても、確かに刃を交えた人間を殺すことと、顔も見えないたくさんの人を一気に焼き払うことは、望美にとって別次元の話だった。
「何を願っていたとしても、私が踏みにじった人のこと、無かったことになんてできないよ…!」
 搾り出すような、悲痛な声だった。
 それを聞きながら、泰衡は思う―自分には無い声だと。
「…無かったことにはならぬさ」
 泰衡は調子を変えることなく淡々と続ける。
「あなたは忘れない。あなたの記憶の中に、すべてが刻まれている。だからこそどの道、あなたがたどり着くのは浄土ではないだろうさ」
 その言葉の響きが、決して冷たくはないことに、望美はやっと気づいた。
 おかしな話だと思う―けれど確かに、泰衡は泰衡の言葉で、望美を生かそうとしていた。
「…どうして、そんなこと私に言うの?」
「意味も無く他人の不幸を願うほど堕ちてはいない」
 泰衡の言葉をゆっくりとかみしめながら、望美はやっと笑った。
「損な人だね」
 泰衡は何も言わなかった。
 首にかけた逆鱗を握り締めて、望美は言った。
「ありがとう」
「…俺は何もしていない」
 ややあってから答えた泰衡が、戸惑っているように見えて、望美はそんな泰衡を初めて見たと思った。
「そんなことないよ」
 逆鱗に願う。
 もう一度やり直すこと。
 それは、決して後戻りすることではないのだと、本当に知ったのは今が初めてなのかもしれなかった。
 誰も知らない、誰とも共有できないたくさんの記憶を、もう持っていたのに。
(どんなに重い記憶でも、絶対に忘れない、投げ出さない―それだけが、私にできること)
 澄んだ瞳で笑う望美の表情には、今まで以上の覚悟が宿っていた。
 足りなければ、何度でも上書きされてゆく決意。
「ありがとう、じゃあね!」
「…ああ」
 小さな返事が、確かに望美の耳に届いた。

 * * *

 残された泰衡はぽつりと呟く。
「…誰かに礼を言われたのは、初めてだな」
 傍らの銀は、それを否定しない。
 心は完全に消えていた。
 本当の意味で、意志を持つ人間と、それは一線を画す存在だった。
「俺が死ねるのはいつだろうな」
 銀は答えない。
 泰衡はそれを、悲しいとは思わない。
 銀から心を引き出せるのは、たった今消えた少女だけだったのだろうから。
 変化することを厭(いと)わない、それなのに本質は変わらない、しなやかな強さ。多分それが、泰衡の持っていない、銀が心を持つために必要なもの。
 それを持っている望美に、憧れているのは確かだったが、それでも自分は変われそうになかった。
 今までもこれからも変わらない―後悔はしない、無力は嘆かない。ただ己の為すべきことに、持てる全力を注ぐだけ。
 為すべきことを選んでいるのは、他でもない自分自身だから。
「行くぞ、銀」
「はい」
 ただまっすぐに、進む。

 * * *

 かすかに、それでも確かに、道は見えていた。
 見える限りは歩き続ける。
 いつか、倒れ伏す時が来るのだとしても―その瞬間までは、ずっと。

 fin. 07.04.26
 
 
(超絶長い考察含めた後書き)
■内容について
 今回は望美ちゃんが銀ラブなので泰衡は触媒というか媒介というかなんか専門用語 くさいですがそんなわけです。望美の決意のきっかけ。
 一番最初は両方死んじゃうような結末を考えていました。しかも自殺した望美 を見送ってからひっそりと現れた銀に「殺せ」って命じて死んで銀は無言で後追いみたいな そういう救いようの無いやつを。
 しかしキャラソンと秀衡暗殺失敗したあと二人の台詞と銀ED&銀アナザーEDを総合的に 判断した結果、泰衡は自分からは死なない、という結論に達しました。殺させる含めて。
 しかも平泉エンドで暗殺されるので銀EDはどうだろうと考えたのですが、 「神子殿も承知の上だ」と泰衡が言うように、望美との間に一種の理解があるので、 そこがあやふやな平泉エンドと違って見送りには行かないし、 たとえ別の暗殺計画が持ち上がっても生き抜けるんじゃないかと思いました。 この話だと、銀がもうそれこそべったりと護衛してると思います。
 それを考えると、ゲーム中では平泉エンドが泰衡が望美への恋心に一番近い ところにいける話だと思います。銀ED&銀アナザーEDは銀のものだと認識するから 恋までいかないと思う。
 なにやらタイトルのわりに泰衡が祝福されてるように見えにくいかもしれませんが、 生き延びられる時点で祝福はあると思うのですよ。 未だ来たらぬ未来の可能性とか、さ。
 この話で望美ちゃんは泰衡の心を溶かしきることはできなかったけど、 それでもほんの少しだけは溶かせたと思う…。溶かしきるには 泰衡さんと恋愛しないとね…!
■銀について
 「銀」に心があるか、という問題は、 人工知能の人のように見える振る舞いを、それは心だ、と言うか、 プログラムされた条件反射の集まりに過ぎない、と言うか、という問題なんだと思います。
 ただ、銀は生身の人間な上、泰衡はさりげなく無駄に感受性が高いようなので、 逆に「魂」のある・なしを敏感に察知して、銀をプログラムされた条件反射の集まりとして捉えてしまうのでは ないかと思います。
 駄犬呼ばわりとか心が無いとか、間違ってないんだと思うよ…実際重衡 の記憶取り戻すまでは無いわけだし。グレーゾーンな期間はあるけど。
 「銀」と「重衡」とついでに「重衡@銀」はやっぱり違う人間だと思います。

 
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