|
YUKI.N>これをあなたたちが読んでいる時、わたしはわたしではないだろう。 その通り。有希、久しぶり。懐かしい文面。確かめなくても分かる。有希だ。 後ろでなにやらハルヒと一樹が話しているが、私にもキョンくんにだってそれを 気にする余裕などない。一字一句も見落とさないように画面を凝視する。 YUKI.N>このメッセージが表示されたということは、そこにはあなたたち、わたし、 涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、古泉一樹が存在しているはずである。 無骨なフォントをつむぐカーソル。人が読む速さにあわせているようだ。 YUKI.N>それが鍵。あなたたちは解答を見つけ出した。 私が出したものじゃない。キョンくんとハルヒがやってくれたんだよ。 そういえば私はまた足を引っ張ってしまっていた。でも、いい。反省はあとでたっぷりすればいい。 有希の声を思い出しながら文を読んでいく。 YUKI.N>これは緊急脱出プログラムである。起動させる場合はエンターキーを、そうでない 場合はそれ以外のキーを選択せよ。起動させた場合、あなたたちは時空修正の機会を得る。 ただし成功は保証できない。また帰還の保証もできない。 「…これが、このパソコンが」 YUKI.N>このプログラムが起動するのは一度きりである。実行ののち、消去される。 非実行が選択された場合は起動せずに消去される。Ready? 有希のメッセージはそれで終わりだった。末尾でカーソルが点滅している。 わたしが押すキーは決まっていた。それ以外考えられない。キョンくんを見る。 キョンくんも私を見ていた。そして、頷く。ハルヒも一樹もみくる先輩も意味が分からないという顔だ。 そりゃそうだろう。しかし今見やる人物は他にいる。 「…有希」 「長門、これに心当たりはないか?」 「……ない」 「本当にない?」 「どうして?」 これは有希が打った文章だから…とは言えなかった。これ以上有希を困らす事は 得策ではない。キョンくんは考えをまとめている。私の答えはもう出ている。 でも、ここで私の意見を押し通してはいけない。そうでしょう。いつの世界でも、 鍵は、キョンくんなのだから。 キョンくんは思案した後に、くしゃくしゃの紙片を取り出して、有希に返した。 私も同じようにする。白紙の入部届け。有希の顔が少し悲しみに傾く。「そう…」小さく 小さく告げた有希の声は震えていた。有希、悲しむ必要はない。 「有希、ホントは私もキョンくんもこの部屋の住人だったの」 「わざわざ文芸部に入部するまでもないんだ。なぜなら――、」 ハルヒ、一樹、みくる先輩は本当にわけのわからないような顔をして 私たちを見ていた。有希の表情は読み取れない。でもみんな安心して。 どういうことが起きても、私はここに帰ってくる。私が私としてここにいる限り。 「なぜなら俺は、SOS団の団員その一だからだ」 「そして私が団員その五だからね」 エンターキーを押す、その前に。私は一樹を見て、言う。 「…私はどの世界でも、一樹のことがすき。だいすき。 君にはそれを気付かせてもらった。こんな気持ち可笑しいかもしれない。 でも…ありがとう」 ―――そして、バイバイ。 2人して指を伸ばして、一緒にエンターキーを押し込んだ。 ごめん一樹。どこにいても私が貴方を知る限り、私はきっといつでも 貴方を愛してしまう。自分でも馬鹿なくらい、一樹が好きだ。 直後、強烈な立ちくらみ。嘘だろ、立っていられないほどの衝撃。 耳鳴りもする。頭が痛すぎる。目の前は何も見えなくなっていく。 上下の感覚がない。浮いている。ぐるりぐるり回りながらたまにぐにゃりと 何かが歪む。私たちを呼ぶ声がする。キョン?ジョン?分からない。 その中に、「」と呼ぶ一樹の声を、微かにそれでもしっかりと聞いた。 それを最後に何も聞こえない。目が開いているかいないかさえわからない。 キョンくんも同じような感覚だろうか。ああ、ひどく気持ちが悪い。 浮いている?流されている?堕ちている?わからない。なにをしているんだ。 そうだ、緊急脱出プログラム…何をどうすればいい。エンターを押して終わりじゃないんだろう。 「うわっ!?」 キョンくんの声がした。私の目にも光が映る。床に手をついて立とうとする。 ああ、私は座り込んでいたのか。少し頭を振ってキョロキョロしてみる。 気持ちの悪い感覚はほぼ100%消失していた。 「何だ……?」 「ここ…文芸、部室?」 あたりは暗かった。電気がついていない。それでも分かる。元々暗いところで目は利くんだ。 しかし、一瞬にして夜。これは、どういうことか。考える。きっと、時間を移動した。 緊急脱出プログラムは、きっとこれ。 この部室には旧式のパソコンが一台だけあった。他のSOS団の備品はない。 違う、違和感はこれじゃない。なんだこの違和感は。なにが。 ここはどこだ?そんなんじゃない。この決定的な違和感。 「あつい…」 セーターを脱ぎ捨て制服の袖をまくる。五部丈くらいにまでするが 篭った熱はそんなんじゃ逃げていかない。 汗が噴出す。ポケットのハンカチで拭うがまだ暑い。なんだこれは。 「ああ、暑い。まるで―――」 「真夏の気温みたいだ」 そうか、そういうことか。ここが何処か?そんなの文芸部室に決まっている。 違ったんだ。今私たちが問うべきことはこれだ。 「「今は、いつだ」」 |