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「ちゃん!」 「夜久先輩、」 「もし良かったらなんだけど、夜、私の部屋に来ない?」 幼馴染が作ったお菓子の量が多くて、ひとりで食べるのが憚られるの、と 始業式で会った夜久先輩は言った。柔らかく笑う先輩につられてわたしも微笑む。 もちろんご一緒させてください、と言うと、その笑みはうれしそうなものへと変わった。 * 夜、夜久先輩の部屋へと向かう。お菓子を頂くとのことだったので、 わたしが家から持ってきていた紅茶を持っていき、 夜久先輩の部屋で淹れさせてもらった。先輩の幼馴染(たしか、東月先輩)が つくったというお菓子は本当に美味しくて、今度講習を開いてもらいたいくらいだった。 「今朝はご一緒出来なくてすみませんでした」 「いいのよ、委員長大変でしょ?」 「委員長ではないんですけどね…」 「え?だって翼くんがいんちょーって…」 「天羽には何故かそう呼ばれるんですよ」 「ふふ、そうなんだ。でもちゃん、委員長っぽいもの」 クッキーを頬張りながら先輩が言う。委員長っぽい?わたしの中の委員長像というのは 真面目を具現化したようなものなので、 子どもっぽいわたしとは程遠い存在である。5回生まれ変わってもなれるか怪しいと思った。 なので、そのときのわたしはさぞ間抜けな顔をしていただろう。 呆気にとられるわたしを他所に、先輩は続ける。 「他の人に対して本当に優しいでしょ?それにふいにすごく 大人っぽくなることもあって…年上の私が言うと情けなく思えるけど、 たまに憧れるのよ」 「う、え、過大評価しすぎですよ、」 「そんなことないよ、弓道部のみんなもよく言ってることだもん」 特に――、と言いかけて、先輩は慌てて口を噤む。 わたしが「特に?」と先を促しても、先輩は「これは、私が言うべきことじゃ ないから」と困ったように笑うので、それ以上の追及は諦めた。 わたしはマドレーヌを口に含む。ああ、甘い。 「わたしからしたら、先輩の方が委員長っぽいですよ」 「ええ?そんなこと絶対ないよ」 「人望があって、気配りが出来て……わたしにはないものばかりで」 憧れ、です。と告げると先輩は照れたように笑う。今更ながらこの人の表情は 本当に豊かだと思うし、そういうところに皆が惹かれるのだとも思った。 やっぱり委員長というよりマドンナかな、と心の中で呟いた。 「…ちゃん、最近犬飼くんと仲良いよね」 「……あ、はい、仲良くさせて頂いています」 「そっか……どう?」 カップを置く手が震え、少し大きな音を立てた。話題転換がいきなりだったことも あるが、その内容に間違いなくわたしは動揺した。この先に続くおはなしが、 もしもとてもつらいものだったら、そう考えると、全身が凍る思いがする。 「どう、というと…?」 「うーん…梓くんとも、仲良いのよね?」 「えと、そうですね、親友、です」 「……やっぱ聞き方を変えよう。今、好きな人、いる?」 先輩はカップを置いて、わたしをじっと見つめる。わたしは 目を逸らせない。すきな、人。わたしの頭にはひとりの顔しか浮かばない。 この目を前に、嘘は、つけなかった。 「い、ます」 「同じクラス?」 「いえ、」 「同じ部活?」 「…いえ、」 「…同じ、学年?」 ひょっとしたらこの人も、全て分かっているのかもしれなかった。 「…違います、」 そこまで言うと、夜久先輩は「そっか」とこれまで一番優しく笑った。 そして今度はフィナンシェに手を伸ばし、それを口の近くで止めて、 少し息をついてから、先輩は言う。 「きっと、大丈夫だと思うよ」 「大丈夫、ですか」 「うん。無責任なことをって思われるかもだけど、ちゃんなら、大丈夫。…今の関係を壊すのはね、怖いと思うけど、 でも勇気を出せば、もっと素敵なところへ行けるはずよ」 そう言うと先輩は気恥ずかしそうにフィナンシェを口に含んだ。 紅茶がなくなりかけていたので、わたしはポットから先輩のカップに紅茶を注ぐ。 先輩はありがとうと小さく呟いた。 この学園には、夜久先輩とわたしがいて。その他の人は全て男子で。 わたしが男子だったら、間違いなく夜久先輩を選ぶ。前に木ノ瀬に話した、 二者択一のお話だ。でも、それでも。奇跡を信じることくらい、したっていいだろう。 彼女の言葉は、不思議とわたしの背中を押した。 * 夜久先輩にお礼を言い部屋をあとにし、自分の部屋に戻った。 午後10時前。お風呂に入る前に彼にメールを打とうと思った。 今日新しく電話帳に登録された、彼に。 当たり障りのない文章を作って、何か違うと全文消去した。 どうしようかと考えて、まず、また星を一緒に見に行きたいと書いた。 それから。何を書けばいいんだろう。今日くらい、そして メールの文章くらいは、素直になりたかった。わたしは続けて文打つ。 ―――先輩のこと、もっと知りたいです そしてさいごに、追伸のような形で付け加えた。 |