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二年、三年、 想いが初めて通ったのは何年も前になる、 いい加減気付いてくれないものだろうか。 熱したお湯をカップに注ぎながら柳は起きてくるであろう人を待っていた。 desire for break up. 「おはよう弦一郎、コーヒー飲むか」 「ああ…、苦いのを頼む」 その日もいつもと変わらないのどかな朝だった。 柳が早く起きて、後から真田が起きてくる。同棲を始めて数年間、今まで一度も逆だったことはない。 そして決まってコーヒーを飲むかという会話で始まる。柳がコーヒーを入れる間真田は顔を洗いに行く、これも普段どおりだ。 真田が戻る頃、柳は既に入れ終えて椅子に座って新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。 普段ならそうしているはずだった。 だが今日は柳は新聞には目もくれず、真剣な面持ちで戻ってきた真田に間髪入れず話し始めた。 「本能は理性を超克すると思うか」 「…随分唐突だな。朝も早よから頭がおかしくなったか」 生欠伸をかみ殺しながら真田は応えた、 低血圧なのか眉間に皺を寄せた顔は不機嫌そのものだ 「ただの好奇心だ。どうなんだ」 「黙れ。そのような話は好かん、一人で問答してろ」 「一人では難しい、それに性欲に無関心そうな顔してるやつ程実際腹の内では色濃かったりしないかと思って」 おい、と真田は睥睨する。だがいくら睨んだところで相手には効かないことを真田は知っている。その証拠に奴が萎縮した気配は微塵もない。 此奴の口を塞げるやつはおらんのか。朝から気色の悪い。 「まあ落ちつけ、そんな卑猥な話じゃない。精神論さ、精神論」 柳は若気(にやけ)ながら卑猥な話じゃないだろう、と言ったがその顔で頷けるものかと真田は舌打ちした。 柳は脚を組みかえる。 「で、実際どうだろう。やっぱり地で抑え込んでたりするのか」 「煩い奴だな、」 「一番身近に居るものとして明確化したい」 「いい加減黙らんとその口塞ぐぞ」 「塞ぐのか、何を使って」 柳の座る椅子の向かい側に無作法に座る。わざと大きな溜息をついてやる。 一日は始まったばかりだというのに脳は既に一日終えたように疲れていた。 「お前と話していると時折頭が痛くなる」 ほう、と柳は呟いて横にあったコーヒーに口をつける。熱を冷ます際に吹きかけた息でふわりと此方にもコーヒーの独特な匂いがただよった。 「だいたい、そんなものを知ってどうする」 「今後の参考にする」 「今後ってお前な…、」 そこまで言いかけてふと考え込む。 今後、といったな、執拗に投げかけてくる質問の意図、とは-------- 「そこまで鈍い奴だと思わなかったぞ、弦一郎」 声に反応して視線を上げると柳は手に持っていたカップを机に置くと少し柳眉を寄せて睨んできた。少しだが機嫌を損ねているらしい。 しかしそれもほんの少しの間だけであってすぐにいつもの事務的な彼、無表情に戻っている。 「もう分かっただろう」 俺はこれ以上待たされるのに耐えらないからな。 相変わらず柳は無表情で(通り越してつまらなさそうな顔だな)いて、その目はじっと此方を見ていたが、睫毛は微かに揺らいでいた。 俺はその一言、柳を見てもやがかっていた思考がまるで風に吹かれたように晴れわたった。奴は誘っているのだ。 そうしてうっすら動悸の乱れを自覚する。 「……お前はそれでもいいのか」 極めて冷静に柳に問うた。 光が差し込んだと思わせる蜜色の瞳とかち合う。 「今更なことを言う、」 柳は嬉しそうでいて困ったような不思議な表情で返した。 「…そうか、今更だったな」 柳の手を掴むと自身に引き寄せ、白く細やかな手の甲に唇を這わせる。びくり、と体を強張らせたがすぐに力は抜けた。 自分ばかり暴走しないようにと今まで抑え込めてきたのだ。だがそれを柳は知っていて自身を曝し、真田を曝け出させた。もはや誤魔化しはきかない。 しかしこのままもつれ込むのは性急過ぎかと思い潔く手を離す。 もっと触れたい欲求に駆られたが掌を強く握るだけに留めた。 「今夜は覚悟しておけ」 寝かせない。真っ向から目を見据え、悪そうな笑みを浮かべながらそう言い放つ。 それから席を立って仕事に行くために着替えをしにいった。 残された柳は暫く動けずにいたが、ゆっくりと手を持ち上げるとまだ温かさの残る手の甲に密やかに口付けた。 「…期待している」 壊してください、その手で自分を 2008.10.12
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