彼と最後にどんな会話を交わしたか、わたしははっきりと思い出せる。もちろんいちばん最初に交わした会話も、だ。なのにどうして、どうして彼の姿はどこにも見えないんだろう。








いやに目が冴えている。布団に入ってから何時間経ったか分からないのに、わたしはまったく寝付けないままだ。一度、寝返りを打ってみる。何も変わりそうにない。気怠い身体を起こしてわたしは部屋を出た。風がすこし強かった。静かな夜の海が好きだ、といつか彼は言っていた。たぶん、あれもこんな海の日だったと思う。いったい彼はこの海をどこで見ているのだろう。





気配を感じて振り向いた先にマルコが立っていた。何か言おうと口を開いてみたが何も思い浮かばずにわたしはもう一度海に目をやった。星が瞬く。それ以外は暗くて何も見えない。マルコの足音が近付いた。


「こんなところにいたら風邪ひくよい」
「マルコこそ」
「おれは大丈夫だ」
「じゃあわたしも大丈夫」
「何だよいその理屈は」


知らない、とわたしは言ってくすりと笑った。マルコは何も言わない。空と海の境目なんてわからないくらい、真っ暗だ。このまま目を瞑ってしまっても、何も変わらない気がした。


「ねえ、マルコ」
「…ん?」
「泣けないのは、覚えてるからかな」


マルコの気配が揺れた。


「もしも、最後の会話を忘れてたら…悲しくて悲しくてどうしようもなくて、ちゃんと涙が出たのかな」
「…、っ」


不意に、腕を強く引かれる。気付けばマルコに抱き締められていた。マルコの身体はあたたかい。耳を澄ますと鼓動の音が聞こえる。それはわたしのものかマルコのものかはわからなかったけれど、ただひとつだけ確かなことは、わたしもマルコも生きているということ。




「サッチが死んだなんて、うそみたいだね」




だってほら、わたしの記憶の中の彼はこんなにも鮮明なのに。ぎゅ、とマルコの力が強くなった。わたしもそっとマルコの背中に腕をまわす。目を瞑っても、真っ暗になんてならない。瞼の裏に浮かぶのは彼の姿ばかりだった。風はすこし強いけど、寒いわけじゃない。なのにどうしてわたしもマルコも震えているのだろう。













幻に逢った日

            もう幻でしか逢えないあの人






(それはね、泣いてたからだった)


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