目の前で火花が弾けた。

というのはただの比喩に過ぎないけれど、似たようなものだ。痛いというより熱い。舌で歯茎をなぞると、ぐらりと揺れる歯が一本あった。切れた口を手で拭って、前に立っている男を見上げてくすりと笑う。

「女の顔殴るなんて、最低ね」
「殴られて笑ってんのはどこのどいつだ」
「あら、殴られたから笑ってるわけじゃないわ」

男は心底忌々しいという顔をして、私を睨み付けている。服の埃を払って立ち上がった。少し動くだけでも鈍い痛みが口の中に広がる。

「少しくらい手加減してくれてもいいと思うけど」
「俺に指図するんじゃねえ」
「指図じゃなくて、アドバイスよ。分かる?」

大きく舌打ちをして、男は奥にあった椅子に腰掛けた。さらりと揺れた黒髪に思わず見惚れる。射抜かれそうな赤い瞳も、言いようがないくらい綺麗だ。

「てめえにいちいち部下を殺されてたら、きりがねえんだよ」
「だって、あの子ザンザスと喋ったんでしょう?」
「仕事の話だろ」
「気に入らないものは気に入らないの」

子供のように拗ねてみせる。男はもうどうでもいいと言わんばかりに私を睨んで書類を手に取った。私はゆっくりと椅子に近付いて、その肘掛けに体を預けた。男は私をちらりとも見ずに書類に目を通している。

「私、凄く嫉妬深いみたいね」
「今頃気付いたのか」
「ふふっ」

小さく笑って、男の頬にそっと触れる。男は半ば睨むように私に目を向けた。

「お気に召さないなら、いつでも殺してくれて結構よ」
「てめえなんかに掛ける時間はねえよ」

ああ、愛しい。この男のすべてが。すべてを私だけのものにして、ずっと二人でいられたらどんなに幸せだろうか。二人だけの世界。なんて心惹かれるのだろう。こんなにも、人を愛おしく思えるなんて知らなかった。もう誰に何と言われてもいい。私には、ザンザスといるこの時間だけが本物。

「ねえ、ザンザス」
「…何だ」






「愛で人が殺せたらいいのにね」



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