ひとつずつ、嘘をついた。気付かれないように、気付かないように。孤独すら跳ね除けるこの場所にはほんとうのことなど似合わない。いちばん上が見えなくなるまで積み重ねたらいったい何処に届くのだろう。この塔の先がいつか誰かを傷付ける前に、すべて壊れてほしかった。






溜まった書類を揃えて、机の右端に置く。ふっと力を抜いて椅子に身体を預けた。今夜中には終わりそうにもない。少し休憩してから、続きをすることにした。怠い足を動かして、ソファにどさっと座る。目を閉じて長く息を吐いた。なんとなく頭の奥が痛い。疼くように響く痛みが治まるのを待つうちに、意識が薄れていった。


微かに何かが動く気配。ほとんど反射的に飛び起きる。その拍子にずきん、と鈍い痛みが走り眉を顰める。目の前にはがいた。

「ごめん、起こした?」

申し訳なさそうに俺の顔を覗き込んで尋ねる彼女に出来るだけの笑顔で返す。

「ううん。ちょっとうとうとしてただけだし」
「…そう」

は小さく呟くと俺の隣に腰を下ろした。何を言うでもなく、ただ俯いて座っている。耳に掛けられた髪がさらりと滑り落ちた。

「どうかした?」
「、え?」
「こんな時間に部屋に来るなんて、何かあったんじゃないの?」

大きな瞳が俺を見つめる。少し迷うように揺れたあと、すっと伏せられた。

「あの、ね…」
「うん」
「無理、…してない?」
「…え?」

予想もしなかった問いに、思わず言葉に詰まる。

「無理?俺が?」

は僅かに唇を噛んで、頷いた。その表情は真剣そのもので、本当に俺のことを心配しているのが伝わってくる。はいつだってこうだ。例え赤の他人であっても、心の底からその人のことを思いやれる。その優しさに何度も何度も救われて、何度も何度も哀しくなった。

「最近…綱吉、よく笑うよね」
「…そうかな」
「笑ってるよ。…でも、私には…無理して笑ってるようにしか見えない」
「っ、」

思いの外きっぱりと告げられた言葉に、戸惑う。

「えぇ…?そんなこと、ないけど…」
「ほら、また」

無意識に緩んだ頬が強張るのが分かった。は強い瞳で俺を見つめている。視線に耐えられなくて、思わず目を逸らす。心臓がどくどくと音を立てている。どうして。気付かれないと思っていた。俺自身も、知らないふりをしていた。自覚してしまえば、もう戻れないと思っていたから。

「ねえ、綱吉」

がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「自分の心に嘘なんかついちゃ駄目だよ。私は…ありのままの、綱吉が知りたい」
「…俺は、嘘なんかついてない」
「そんな風に言葉で誤魔化しても、心が痛くなるだけなのに…どうして、ほんとうのこと言わないの?何をそんなに恐れてるの?そうやって逃げたって、どうにも」
「分かってるよ!」

声を張り上げた。一度溢れ出てしまった言葉はもう止まらない。

「分かってる…そんなことくらい。それでも俺は…怖いんだ。ほんとうのことを言って、自分が傷付くのが嫌なんだ。だから、だから…いつまでたっても俺は、自分のことがいちばん大事なダメツナなんだよ…っ!」

ひとつずつ、嘘をついた。気付かれないように、気付かないように。誰かを傷付けたくないなんていうのはただの建前で、俺の言葉はいつだって俺の心を守ってた。どうして俺はこうなんだろう。どうしてもっと、人のために優しく出来ないんだろう。変わらない、変われない。変わりたくない。もしも優しさを愛と呼ぶのなら俺はきっと永遠に愛なんて知らないままだ。

「…ごめん。今は、一人にしてほしい。今の俺…何言うか分かんないから」

俺を守るための言葉は、いつか誰かを傷付ける。それならいっそ、誰とも関わらなければいい。距離を置いて、嘘で固めて、笑顔を作って。ほんとうのことなんて、どこにもなくていい。ふわっ、と何かが俺を包み込んだ。視界に黒い髪が映る。が俺を抱き締めていると気付くのにそう時間は掛からなかった。

「そんなの、全然わるいことじゃないよ」

細い肩が震えているのが分かった。微かだけど、しっかりとした声で、は続けた。

「誰だって自分のことがいちばん大事なの。自分の本音を曝け出すこと、怖くない人なんていない。私ね、嬉しいよ。綱吉が、ほんとうのこと言ってくれて」

ああ、はどうしてこんなにも優しいんだろう。目の前がぼやける。哀しいからじゃない。ただどうしようもなく、涙が溢れた。俺の中で、何かが、ゆるやかに溶けていくのを感じた。

「だからきっと、綱吉は大丈夫。そのままの…ありのままの、綱吉でいて。
私は…自分のことがいちばん大事な綱吉がだいすきだよ」






もしも優しさを愛と呼ぶのなら俺は間違いなく愛に触れた。それはあたたかくて柔らかくて、ほんの少し切なくて。俺が守り続けていた心に、いとも簡単に辿り着いた。俺はもう迷わない。塔が壊れるのをただ待つだけじゃなく、自分で壊す勇気を持ちたい。俺が一歩踏み出すだけですべては変わる。"自分のため"がいつか"人のため"になるように。誰かに愛を伝えられるように。いちばん大事な自分よりも大事な人が出来たとき、今よりももっと自分のことを大事に出来るだろう。そして、俺は言うんだ。















「だいすきだよ、


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