半透明のリリカル



外は吐き気がするほど暑いというのに、の頬は冷たかった。それ以外はどこにも変わったところはなく、ただ眠っているだけのように見える。むくりと起き上がって帰りが遅くなったことについて口煩く文句を言われても、何もおかしくはない。








スペインに出張するのは初めてではなかったが、今回の仕事は何となく気怠かった。ホテルの部屋で上着を脱いで、ソファに腰掛ける。と、その瞬間にテーブルの上の携帯が震えた。耳に押し当てたと同時にけたたましい声が耳に飛び込んでくる。

『チャオチャオ!スペインのいい女は見つかりましたかー?』
「…お前に比べたら誰でもいい女だ」

溜息をついて深く背中を預けた。

『何それひっどー!せっかく寂しがってるだろうなぁと思って電話してやったのに…
泣いちゃう』
「切るぞ」
『あーやだうそうそ切らないでー!もっと心を広く持ちなさいリボーンくん!』
「何でんなことお前に言われなきゃなんねーんだよ」
『まあまあ、そこは亀の甲より年の功ってやつよ。あ、意味わかる?』
「お前俺より年下だろ」
『あらっ、リボーンったら日本のことわざにも造詣が深くていらっしゃるのね!』
「…で、何の用なんだ」
『無視かよ。さっきも言ったじゃん、リボーンが遠い外国に一人ぼっちで寂しくないようにお喋りのお相手』
「へえ」
『うわあ、冷たい反応ー…大体あんたはね、あっ、綱吉さん!今リボーンと電話してるんですよー。え?もう、やだなー子供じゃないんですからちゃんと飲みましたって!』

電話口の声が少し遠くなった。

『はーい、ちゃんと早く寝ますってば!はいはい、全然大丈夫ですよー。心配しないでください!はい、おやすみなさーい!ほら、リボーンも綱吉さんの優しさを見習いなよ』
「お前今、何してんだ」

先程の会話の内容に少し引っ掛かる。

『んあ?何ー?』
「今、どこで、何してんだよ」

今思うと、普通では気付かない程少しだけ間が空いた気がする。
そして、声が返ってきた。

『それがさあ、聞いてよー!こないだいきなりふらーって倒れちゃってさ、もー大変だったの!貧血?みたいな感じで、びっくりびっくり』
「…今も、か?」
『今ー?今は全然大丈夫!ふふっ、綱吉さんてば心配性でね、すっごいの。他のみんなもいろいろしてくれてー、あ、あの雲雀さんがパリのお土産くれたんだよ!』
「そりゃ良かったな」
『え、何なに?リボーンも心配してくれてんのー?』
「してねえよ。馬鹿は風邪ひかねえっていうだろ」
『ああ、なるほど…って、それあたしのこと馬鹿って言ってるわけ!!?』
「気付くのが遅え」
『せっかく優しいあたしが電話掛けてあげてんのに…!』
「まあ、暇つぶしにはなったな」
『…一万歩譲って、よしとするか。あ、そうそう。リボーンに言いたいことあったんだ』
「あ?」
『あたしさー、あんたのこと別に嫌いじゃなかったよ』
「…何だいきなり」
『え?ふふっ、何となく。今言っとかないと一生言えない気してさ。顔見たら阿保馬鹿間抜けとかしか言えないからね、顔見えてない今がチャンス』
「じゃあその言葉、そのまま返してやるよ」
『は?阿保馬鹿間抜けを?喧嘩うってんの』
「違えよ馬鹿だな。…俺もお前のこと嫌いじゃないってやつだ」
『あー、そっちね。うん、わかった。じゃあさ、あたしがリボーンの銃で遊んでブッ壊したって言っても許してくれる?』
「帰ったら覚えとけよ」
『じょ、冗談に決まってんじゃんもー!あー、そろそろ眠くなってきた…』
「餓鬼はさっさと寝ろ」
『餓鬼扱いすんな、あたしと二つしか違わないくせに!ま、あんたも朝早いんでしょ?この辺で勘弁しといてやるか!』
「へえ」
『まあ、せいぜい怪我しないように仕事に励んでくださーい』
「お前もな」
『分かってるっつーの!んじゃ…またね』








どうして思い出せなかったのだろう。は「また」という言葉が嫌いだったことを。




「だってさ、『また」なんて嫌な言葉じゃん?次に会えるっぽいことを言いながらも明確な日時を伝えてる訳じゃないし。『また』の後ろに何が隠れてるのかなんて、言われたほうは分かんないでしょ。『また明日』かもだし、『また来年』かもだし…いろいろあるよ、解釈の仕方。そんな曖昧な言葉は嫌い。本当に次に会う気があるんなら、むしろちゃんとはっきり『さよなら』で別れるべきだって。『また』ってのは不確定な時に使われるもんだし。したいとは思ってるけど、でも実現できないかもしれない。そんな感じ。そうだなあ、あたしがもしも『また』ってのを使うんなら、その後に付け足すよ、」




は医者に言われたことを誰にも告げていなかったらしい。綱吉はどうして気付いてやれなかったんだと自分を責めているが、それは違うと思う。のことだから、周囲に感づかれるような素振りは一切見せなかったのだろう。気付かれないほうが、にとっては幸せだったのだ。全く、変な方向に優しくて意地っ張りな奴だと思う。そんなあいつが唯一零した印が、あの最後の一言だった。



前髪の辺りに唇を寄せて、口付けを落とす。こんな風に触れるのは初めてだったかもしれない。いや、これはきっと、どうしても『初めて』には成り得ないのだ。そっと離れた瞬間に、いつかが言っていた言葉が、自然と溢れた。







「また、生まれ変わったときにな」

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