天邪鬼のレプリカ



「大したことはありませんよ、軽い貧血ですね。ですが、見たところ免疫力が低下しているようです。しばらくは安静にしていたほうがいいでしょう。それと…付添いの方を呼んでいただけますか?お話したいことが…」
「先生」
「、はい?」
「あたしの病状、ちゃんと教えてください」

医者の顔が軽く引き攣った。自分の身体のことは自分がいちばんよく分かっている。ただの貧血、なんかじゃない。隠さずに本当のことを言ってほしい。医者はそのあとだいぶ渋ったが、あたしが絶対に引き下がらないようだと悟ったのか、ぽつりぽつりと言い辛そうに話してくれた。ショックを受けたりはしない。なんとなく、分かってたから。あたしはその医者に箝口令を敷いた。






ファミリーの人たちにはしばらく休養が必要らしいということだけ伝えておいた。綱吉さんは最初すごくびっくりして、次にすごく心配してくれた。こんな優しい上司の下で働けるなんて、あたしはなんて幸せ者なんだろう。その優しさに少しでも応えようとしたけれど、やっぱりすぐに息が上がってくらくらしてしまうから、綱吉さんに半ば無理矢理部屋に押し込められた。「治るまで仕事しちゃ駄目!」とボスに言われてしまっては大人しく従うしかない。ベッドの上での生活は恐ろしく退屈だった。



ある夜、あたしはふと思う。ただの勘でしかないんだけど、もしかしたら、そろそろなのかもしれない。思えば楽しい人生だった。ボンゴレに入れて、本当によかったと思う。でも、欲張りかもしれないけど、あとひとつだけ、やりたいことがあった。神様、怒るかな。ごめんなさい、あたし、欲望の塊らしいです。そうしてあたしは、3週間ほど前からスペインに滞在しているボンゴレの凄腕ヒットマンに電話を掛けた。発信音が鳴っている間、小さく深呼吸する。あいつはこわいくらい勘がいいから、悟られないようにしないと。最初の言葉は何にしようかな。うん、決めた、


『チャオチャオ!スペインのいい女は見つかりましたかー?』
意外と普通の声が出た。

『何それひっどー!せっかく寂しがってるだろうなぁと思って電話してやったのに…泣いちゃう』
自分でも引いちゃうくらいの名演技。

『あーやだうそうそ切らないでー!もっと心を広く持ちなさいリボーンくん!』
うわ、くん付けとか気持ち悪っ。

『まあまあ、そこは亀の甲より年の功ってやつよ。あ、意味わかる?』
あたし、国語は得意なんだよね。

『あらっ、リボーンったら日本のことわざにも造詣が深くていらっしゃるのね!』
やっぱりこいつには死角なしか。

『無視かよ。さっきも言ったじゃん、リボーンが遠い外国に一人ぼっちで寂しくないようにお喋りのお相手』
ほんとは、ちがうんだけど。

『うわあ、冷たい反応ー…大体あんたはね、』
と言いかけたところに綱吉さんが入ってきた。

「入るよ?何してるの?」
「あっ、綱吉さん!今リボーンと電話してるんですよー」
「リボーンと?ふうん…薬はちゃんと飲んだ?」
「え?もう、やだなー子供じゃないんですからちゃんと飲みましたって!」
「そう、それならいいけど…あんまり夜更かししちゃ駄目だよ」
「はーい、ちゃんと早く寝ますってば!」
「体調は大丈夫なんだよね?」
「はいはい、全然大丈夫ですよー。心配しないでください!」
「ん。じゃあ…電話もほどほどにね。おやすみ」
「はい、おやすみなさーい!」

『ほら、リボーンも綱吉さんの優しさを見習いなよ』
受話器に口を戻す。

『んあ?何ー?』
声、少し低くなった。…気付かれませんように。

『それがさあ、聞いてよー!こないだいきなりふらーって倒れちゃってさ、もー大変だったの!貧血?みたいな感じで、びっくりびっくり』
ちょっと迷って、当たり障りのない返事を返す。ま、嘘は吐いてないし。

『今ー?今は全然大丈夫!ふふっ、綱吉さんてば心配性でね、すっごいの。他のみんなもいろいろしてくれてー、あ、あの雲雀さんがパリのお土産くれたんだよ!』
エッフェル塔の置物、さすがにセンスはよかった。

『え、何なに?リボーンも心配してくれてんのー?』
だって、ほんとはやさしいもんね。

『ああ、なるほど…って、それあたしのこと馬鹿って言ってるわけ!!?』
こんな些細な言い合いが、すごく心地よくて。

『せっかく優しいあたしが電話掛けてあげてんのに…!』
可愛くないのはご愛嬌。

『…一万歩譲って、よしとするか。あ、そうそう。リボーンに言いたいことあったんだ』
出来るだけ、平静を装う。

『あたしさー、あんたのこと別に嫌いじゃなかったよ』
言っちゃった。遠回しだけど、あたしにしちゃ上出来だ。

『え?ふふっ、何となく。今言っとかないと一生言えない気してさ。顔見たら阿保馬鹿間抜けとかしか言えないからね、顔見えてない今がチャンス』
ほんとはさ、顔見て言いたかったよ。出来るんなら。

『は?阿保馬鹿間抜けを?喧嘩うってんの』
やめてよ、期待しちゃうじゃん。

『あー、そっちね。うん、わかった。じゃあさ、あたしがリボーンの銃で遊んでブッ壊したって言っても許してくれる?』
流したけど、ほんとは心臓ばっくばくだよ。よく口がぺらぺら回る回る。

『じょ、冗談に決まってんじゃんもー!あー、そろそろ眠くなってきた…』
あんまり喋ると、耐えられなくなりそうだから。

『餓鬼扱いすんな、あたしと二つしか違わないくせに!ま、あんたも朝早いんでしょ?この辺で勘弁しといてやるか!』
ほんとは、ほんとはね、

『まあ、せいぜい怪我しないように仕事に励んでくださーい』
お願いだから、怪我なんてしないで、

『分かってるっつーの!んじゃ…またね』
嗚呼、言っちゃった。




何も言わずに切るつもりだったのに、最後の最後で口が滑った。でも、あの話したのは大分前だし、忘れてる可能性が高い。いや、あいつのことだ。覚えてるかも。どうか、気付かれてませんように。そう言いながらも、どこか気付いてほしいと思っている自分がいる。ばかみたいだ。最後の言葉はあたしの本音。絶対に分かんない(はずの)ほんとの言葉。きっともうあたしはあいつに会えない。自分の身体のことは、自分がいちばんよく分かっている。間に合わない。ボスン、とベッドに寝転がった。最後の言葉に、気付かないでいて。でも、もしも、もしも出来ることならば。どれだけ時間がかかってもいいから、その意味に気付いてほしいんだよ。







「生まれ変わっても、リボーンにあいたい」

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