い空だった。

屋上への階段を上る。足音をリズミカルに鳴らしていたら思ったよりも息が切れた。錆びた扉を開けると冷たい風が吹く。前に広がる空には似合わない気がしてちょっと笑えた。スカートの裾が揺れる。まだ心臓は、落ち着かない。ぐるりと見回すと、やる気無さそうに寝転がっている人がいるのが見えた。こんなにも堂々とサボれるのは、この学校に一人しかいないだろう。二、三歩進んで近寄った。

「恭弥」

名前を呼んでみる。でもぴくりとも動かない。まあ、爽やかに返事されても怖いけど。私が知ってる恭弥はいつだってこんな感じだった。無愛想で鬼畜で唯我独尊で風紀委員長で。昔から私をこき使ってるくせに、大事なことはなんにも言ってくれない。

「書類整理、終わったけど」
「…そう、じゃあもういいよ」

私のほうを見もせずに言う。本当に、失礼なやつだ。恭弥からほんの少し離れたところに腰を下ろした。また風が小さく吹く。その冷たさすら心地いいと思えるのは、く広がる空のせいだけなんだろうか。

「何してるの、さっさと教室に戻れば」
「あのねえ…ただでさえ授業中に連れ出されて目立ってんのに、今教室戻ったら気まずいでしょ」
「へえ」

何て興味無さそうな返事。まあ、目立つとか目立たないとかは今更と言えば今更なんだけど。溜息をついて、私もごろんと寝転がった。恭弥が横目で私を見る。でも何も言わずに視線を戻した。空がい。目の前がぜんぶ空だった。浮かんでるみたいだ。小さいときに夢見た空を飛ぶことが、こんなに簡単に実現するなんて知らなかった。ふわふわした気持ちになって、つまらない悩みなんて消えちゃう気がした。この空から見たら私なんて、ちっぽけな存在なんだろう。何年も一緒にいても、私は取るに足らない存在なんだろうか。

「いつ行くの」

空を見つめたまま口を開いた。恭弥がわずかに動いたのが分かる。

「…何が」
「ごめん…ツナくんたちに聞いた。あ、怒んないであげてよ?私が無理矢理聞きだしたんだから」

一応頼んではおくけど、たぶん無駄だろう。あとで何としてでも阻止しないと。恭弥のほうに顔を向けると、すごく不機嫌そうな表情で空を見ていた。まったく、不機嫌になりたいのはこっちだって。

「何で言ってくれなかったの」

恭弥は何も言わない。そのことについて、私には何も言わないつもりなんだろうか。そんなの、いやだ。ただの腐れ縁だったとしても、なんだかんだで今までずっと一緒にいたのに水臭いじゃないか。っていうより、なんかいやだ。というか、はっきり言ってさびしい。恭弥にとって、私は一体何だったんだろう。いちばん近いところにいるって思ってたのは、ただの私の自惚れだったのだろうか。

「ねえ、」
「うるさい」

私の声を短く一蹴して、恭弥はすっと立ち上がった。

には、関係ないよ」


扉が閉まる音を聞きながら、私は空を見ていた。い。本当は、全部知ってた。ツナくんたちから聞いた。恭弥がイタリアに行くってことも、その出発日が明日だってことも。全部知ってたんだ。それでも私は、恭弥の口から聞きたかった。恭弥から言ってくれてたら、きっと笑って送り出せたのに。空のさが目に沁みる。あんまりいから涙が出てきた。涙で視界がぼやけても、空の色は変わらない。どうせならもうこのまま空に飲み込まれてしまいたかった。






空に溺れる





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