一月は行く、二月は逃げる、三月は去る。今、面白いくらいにこの言葉を実感している。まだまだ先だと思っていた卒業式が一週間後に迫っていた。もう三年生のこの時期になると、毎日学校に来ている人はほとんどいない。私は推薦で大学を決めているので、有り難いことに受験勉強はしなくてもいい。ぴんと張り詰めたような独特の緊張感を漂わせている同級生達を横目で見ながら、だらだらとした生活を送っていた。二月に入る前まで学校にはあまり行かなかったが、家にいるのも飽きてしまったので最近はわりと登校している。と言っても特にすることもなく、他の推薦組と喋ったり就職組と遊んだりして暇を潰している。それも毎日続くと飽きるので、ここ数日は屋上にいる。風がとても冷たくて、思わず身震いをした。一眠りしようとも思ったが、こう寒くては眠れそうにない。適当に携帯をいじりながら座り込んだとき、屋上の扉が開く音が聞こえた。

「あ、先客」

聞き慣れた声に携帯をぱたんと閉じて、私の方に歩いてきた幼なじみを軽く睨んだ。

「言っとくけど、先に来たのは私だからね」
が来始めたのって最近だろ?そこは三学期始まった時から俺の指定席なんだよ」
「そういう意味じゃなくて、今日は私の方が先に来たでしょ」
「はいはい」

面倒臭そうに会話を流して、私の隣に腰を下ろした。

「勉強しなくていいの?綱吉」
「俺、受験しないし」

さらりとした声で答えられて、そう言えばそうだったと思い出す。綱吉は大学にいかないらしいと聞いた時、私はあまり驚かなかった。小っさい頃から勉強は苦手だったし、私としては正直高校に上がったのも内心少しびっくりしたくらいだ。帰り道で偶然会ったので卒業したらどうするつもり、ちゃんと就職のあてはあるのかと冗談めかして聞くと、困ったようにはにかんでまあね、と言った。それからそのことについて何回聞いてもはぐらかされるばかりだった。それは綱吉だけでなく、獄寺や山本も同じだった。うまくごまかされて、気付けば二人とも見かけなくなってしまった。綱吉は何か知ってるんだろうけど、聞いても無駄だと思うので聞く気はない。綱吉は、いつから私に何も言わなくなったんだろう。

二人とも、何も喋らなかった。風の音がひゅうひゅうと聞こえるだけだ。

「…寒い」
「そんな短いスカート履いてるからだろ」
「うっさいな、普通じゃん」
「普通がもう短いんだって」

呆れたように言う綱吉を少し見つめてみた。「何だよ」不思議そうに首を傾げるけど、気にしない。

「綱吉って、変わったよね」
「は?」

綱吉は変わった。うまくは言えない。最初に思ったのは、リボーンくんや獄寺が来た頃だ。あの頃から綱吉の周りにはたくさん人が集まり始めた。ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、悔しかった。綱吉にいちばん近かったのは私なのに。

も変わったんじゃない?」
「え、どこが?」
「…何となく」
「何それ」

顔を見合わせたまま、二人で小さく笑った。綱吉の笑顔に、心臓が少し動く。高校に入ってからも綱吉は変わっていった。もうダメツナと呼ばれていた頃の面影はない。顔つきも体つきも何となく男らしくなって、いつのまにか身長も抜かされて、何気にモテたりしていた。獄寺や山本には負けるけど。びくびくした雰囲気も消えて、あどけなさもなくなった。こういうの、何て言うんだっけ。

「あ、分かった」
「何が?」
「大人になったんだよ、私達。変わったとかじゃなくてさ。ちょっと大っきくなっただけなんだ、きっと」
「…そうかもね」

綱吉から目線を外して、屋上の柵を見た。

「みんな大人になるんだよ」
「ならなかったら怖いだろ」
「そりゃそうだけど…嫌だよね、それ」
「何で?」
「大人は、さびしいよ。みんな変わっちゃうし、全然会わなくなっちゃうし、本当のことも言わなくなっちゃうし」

綱吉が私を見たのが分かった。私は構わずに、前を見続ける。

「しょうがないのかな、やっぱり。小っさい頃と変わらないままの人なんていないしね」
「…うん」
「それでも私は」

曇り空を見据えた。

「子どもだったことを忘れない大人でいたい」

綱吉は何も言わなかった。また沈黙が戻ってきた。大っきくなったからって人間の本質が変わるわけじゃないのに、どうして人は『変わった』なんて言うんだろう。それはきっと、大人になるといろんなことを忘れてしまうから。

「…
「何?」
「ごめん」

ふっと綱吉を見ると、俯いていた。唇を噛み締めて何かを耐えているようだった。

「いいよ」

私はそっと、綱吉の手に自分の手を添えた。綱吉はぴくっと手を動かしたが、振り払おうとはしなかった。華奢に見えるのに、少しごつごつした男らしい手。本当に、大っきくなったんだ。

「私には話せないんだよね。何かは分かんないけど、綱吉が自分で決めたことなんでしょ?」

綱吉は小さく頷いた。

「ごめん…。今までほんとに迷惑掛けたよな。俺、やっと自分で決めれたんだ。何やってもダメで、何の取り柄もない俺だけど…しなきゃいけないこと があるんだ。俺は、自分で決めた道を進むから。ずっと、一緒にいてくれてありがとう。ごめん、な」
「…もう会えないみたいな言い方するんだね」
「え、あ…いや、」
「綱吉も、行くんでしょ?獄寺とか山本みたいに、いなくなっちゃうんでしょ?」

自分で言った言葉なのに、涙が出そうになった。必死で堪える。どうして泣きそうになるの、私。綱吉が、初めて自分で自分の道を決めて、切り開こうとしてるところなのに。泣いちゃだめ。泣いちゃ、だめ。綱吉がいきなり私の手をぎゅっと握った。

「俺は行かなくちゃならない。それはもう変えられないけれど…」

綱吉が、私を見つめた。

「いつか必ず、本当のことを話すよ。必ず、に会いに来る。だから…それまで、俺のこと忘れないでほしい」

涙が零れ落ちた。止まらない。うれしいのに、さびしいよ。これは悲しい涙じゃない。人は変わっていく。忘れていく。拒めない。それでも、忘れられないこともあるはずだ。変わらないものもあるはずだから。

「忘れられるわけ、ないでしょ」




繋いだ約束





君が決めた道なら、どんなにさびしくても背中を押すよ。涙が交じるかもしれないけれど、笑って送り出すよ。君は、前だけ向いて歩いていって。私も私の道を進むから。後ろは振り向かないから。いつか進む道が同じになればいい。忘れないよ。だから君も、忘れないで。


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